浪人生の手記(備忘録)

内情を吐露していきます。

初稿

 三寒四温に別れを告げ、病める現代人たちに風流心を思い出させたかと思いきや、忽ちその身を散らせていく桜。なんともコケティッシュな振る舞いは、断片的な記憶と化してしまった“恋煩い”を想起させる。

 

 私の関与など無いも当然と動いていく世界。隔絶。栓無いとは知っていても、私の存在など無価値同然であり、無意義な生を朽ちるまで浪費している箱庭の醜い私という存在を疑い自殺年慮を繰り返していた時期もあった。(結局家族という存在が私を引き留めた)これもひたむきに内向に逃避した私の末路だ。

 そんな若き絶望を懐かしく想起させるのは、我々を翻弄する上記の桜だ。

(…まさか花見をしないだけでこんなに社会からの隔絶・取り残された感じを味わうとは思いもよらなかった。)

 

 筆を走らせていると、方丈記の『ゆく河の流れは絶えずして』を想起させられる。問答無用で流れていく河の水に無常を覚えた高一の晩春。文学で感傷を覚える契機となったあの授業、そしてあの一節はとても思い入れが深い。読んでくれているあなたも、もしやそんな作品を懐かしんでたりするのかな。

 

 世界に、社会に置いていかれるのが怖くて、焦燥を石炭の如くくべて、数年来の友達を観桜に誘った、それが今日。初稿だ。

 

 

 枕を書こうとしたつもりが、だらだらとながくなってしまった。

 

 風呂場で想定していたものと全く変わってしまった。堅苦しい文筆をするつもりがきらびやかなブランクをみていたら忘れてしまった。マイペースだけど次稿にまわそうと思う。